最後の仕事

2001.7月の朝日新聞が優子さん最後の仕事です。ただし左枠のつくりかたの図面は私が描きました。優子さんとって簡単な図面なのに上手く描けませんでした。締め切りが迫っていたので私が手伝いました。この仕事を最後に一切の仕事を止めました。ボランティアでポップアップ絵本の作り方も教えに行っていましたが、それも止めました。翌年には私に内緒で地元の大学病院精神科に通院を始めました。自分の脳に何が起こっているか分からず不安で不安でしかたなかったと思います。
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全くアルツハイマー病の兆候がみられなかった40歳

40歳(1993年)の時、ポップアップ専門のデザイン会社を辞めてフリーになりました。最初の仕事が「しかけえほんを作ろう!」です。第1版発行は1993.8月発行で、印税契約(ロイヤリティ6%)です。発行者は大日本絵画です。今まで6万部ほど売れたようで、そろそろ絶版になるようです。全国の幼稚園や図書館にも買ってもらえたので部数が増えたようです。印税は私の事務所の運転資金に大部分使いましたが、とても助かりました。
この頃は全くアルツハイマー病の兆候はみられなかったと思いますが、軽いうつ病で近くの医院に通っていました。少しアルツハイマー病らしい異常(得意なポップアップ用の展開図や立体図が上手く描けなかった)を感じたのは48歳頃でした。後で分かったことですが記憶障害は43,44歳の頃からありました。15年ほど前に引っ越しをしていますが、その時にバーゲンで買った大量の靴下、ツナ缶、アルミホイル、サランラップ等が様々な場所から見つかりました。この頃がアルツハイマー病のMCIといわれる時期だったかもしれません。
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便失禁のない快適な目覚めだったのですが・・・

26日朝は便失禁のない笑顔のある快適な目覚めでした。今日は私が管理者をしているデイに行く日なので7時に起きました。着替えも済ませ朝食を食べ終わったのが8時30分頃でした。8時50分には出かけるので、優子さんは車椅子に座っていました。コーヒーを飲みながらTVを見ていたら嫌な臭いがしてきました。予感的中の便失禁、最近は毎日下剤を服用しているので泥状便です。とても拭ける量ではないので風呂場に直行してシャワーでキレイにしました。(こんな時ポリエチレンの使い捨て袖付きエプロンは便利です)全て終わり着替えて出かけるまで30分、だんだんと手際よくなりましたが時間のない時は疲れます。車椅子になって最初の頃は今のような酷い便秘ではなかったのですが、現在は下剤なしで排便は難しくなりました。同じ量の下剤でも体調や食事の内容で便秘したり便失禁したりします。先週は1日3回の便失禁があり、この時は凹みました。便失禁の場合、汚れた衣服は洗わないで捨てることも多いので、パジャマの上だけがたくさん残ることになります。またズボンも安い物をたくさん買ってあります。排尿のコントロールは上手く行くことも多いですが、訪問医と相談しても排便のコントロールは難しいです。
●意味不明の言葉が多いですが、嬉しそうに話しかけています
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ショートもデイもない朝

何も予定のない朝はゆっくりです。起床は10時でしたが、途中で2度ほど目を覚ましましたので声かけをし寝てもらいました。途中でトイレ誘導をしなかったので限度を超えたパットは気持ち悪かったと思います。朝のトイレはポータブルで済ませ、すぐに着替えをして車椅子に乗せてました。リビングに移動して冷たい紅茶を飲んでもらいました。とても良い笑顔になりました。もちろん朝から怒っている時もあります。強力な加湿器を使っていますが寝室は乾燥しています。
●朝食:もう少し軽いと介助も楽なのですが(身長158cm、53kg)
 紅茶、バナナ1本(中)、キュイフルーツ1個、ヤクルト1本、ヨーグルト1個(78g)、トースト1/2
●薬:デパケンシロップ(5%)4cc けいれん発作の予防
(※若年性ADにはよくみられる症状で、2期の終わりから3期の初めに多いといわれています。昔から若年性ADを診られている医師は解っていたのですが、若年性ADをあまり診られない医師には今でも知らないかもしれません。)
家事をしなくなって7年ほど経ったので手はきれいになりました。今日は嫌がる爪切りと顔そりをします。
介護ベッドの脇にポータブルトイレがあります。ポータブルトイレ用消臭液を使いマメに替えれば臭いもほとんどないと思います。汚れたパット等にはBOSを使用していますが、優れた消臭袋と思います。
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2016年から2017年へ

今年もよろしくお願いします
1月4日から認知症対応型デイサービスの利用が始まりました。
車椅子生活になって3年経過しました。それ以前から全面介助の段階で衣服の着脱、洗面、入浴、排泄、食事などは必ず介助者が必要でした。私はヘルパー2級や実務者研修で身体介助を学んでいますが、それ以上に日々の生活の中で失敗しながらの体験が一番勉強になっています。優子さんは40代でアルツハイマー病を発症し、仕事やボランティア活動を奪われました。またごくありふれた楽しみも初期の頃からも本人自身では難しくなりました。進行するにつれて世の中とは疎遠になり、世の中への興味も失いました。私たちは前に進むために迷いながらも様々なことを日々選択しています。優子さんは進むべき未来を自ら選択すことができません。どこに向かって進んでよいかも分かりません。これからは私の伴走者(水先案内人)としての能力が重要になります。
2017年は訪問医、訪問歯科、ショート・デイの施設、ケアマネ、福祉用具などの方々と昨年以上に連携を密にして優子さんと私の無意味な負担は軽減したい。
※1月4日は寒い朝です。デイの迎えを待っています。
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