優子さん39.4℃でショートを帰される

昨日から2泊3日(水曜日朝から金曜日夜まで)のショートでしたが、施設について体温を測ると「39.4℃あるので、すぐに迎えにきてほしい」と仕事先に連絡がありました。すぐに迎えに行けないので、熱が下がらないようなら施設側で病院に同行診察をお願いしたのですが、できませんと断られました。何とか仕事が終わる18時頃までお願いしますと言ったのですが、施設側は早く迎えに来て欲しいと繰り返すばかりでした。今私が働いている施設は1ユニット(9名)のグループホーム、スッタフはギリギリの人数ですので簡単に抜けれません。仕方ないので社長(ベテラン介護職)に勤務をお願いして16時頃施設に迎えに行きました。その時の体温が39.2℃あり、ほとんど下がっていませんでした。すぐに訪問医に連絡して診察をお願いしました。先生が見えたのは19時頃、すぐに採血をして検査に送り点滴の準備を始めました。抗生物質の点滴を始めましたが、すぐに液漏れしてなかなか血管に入りません。4度目でようやく液漏れすることなく点滴は終了しました。今日は家の予定が色々あったのですが、看病でほとんど何もできません。明日、金曜日は仕事です。少し熱は下がりましたが、優子さんを10時間も一人にする事はできません。困った困った!介護施設の人手不足は大変深刻です。
優子さんの熱は私の風邪が原因でしょう。私は先週末から風邪を引いてくしゃみや鼻水ズルズル状態でした。
今利用しているショートの施設は特養で、他にも様々な施設が同じ敷地内にあります。同じグループの大きな病院も近くにあります。全国展開している大きな社会福祉法人です。私が仕事をしていなければ施設の要望にすぐに応えられますが、小さな施設に勤務しているので対応はすぐにできません。認知症も重度化し、免疫力も低下している優子さんには様々な事でショートから帰される事も予想されます。対策を考えなくては!!
仕事をしながらの在宅介護にはショートは絶対必要です。お泊りデイは使ったことはないですが、スタッフの質や住環境は昔より改善されているようなので検討するか?

4度目の点滴後の絆創膏が右手甲に見えます
がんばれ優子さん!風邪の菌になんか負けないで!(木曜日am7時)インフルエンザの注射は11月に受けています
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若返ってゆく優子さん

優子さん顔が3歳の時の丸くてぽっちゃりの形に近づいてきました。
順に3歳ー20代前半ー30代後半ー50代後半(新潟・良寛さんの五合庵)とおよそ20年後ごとの写真です。
優子さんの大好きなお母さんとのツーショット写真もあります。お母さんは癌で亡くなりましたが、長い間献身的に看護していました。(お父さんが癌で亡くなってから、お母さんとおばあちゃんを関西からよんで同居していました。)入退院を繰り返していましたが、最後の入院の時には優子さんはアルツハイマー病の診断を受けました。お母さんには優子さんの病気のことは伝えていませんでした。優子さんにとって自分の病気より、お母さんの病気の看護が最優先でした。
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火曜日は三ヶ月に一回の若年性専門外来の診察日でした。最近は私一人で通院しています。優子さんの最近の様子を話して、迷っていることに関してはアドバイスをもらいます。また書物では得られない新しい情報も教えてもらいます。この病院に通院して14年になりますが、主治医は優子さんと同年代です。初心の頃は50歳の頃で、もうじき定年とのことでした。定年後も先生に診てもらいたいと伝えましたが、先生の構想はどうなんでしょうか?カルテには平成12年にアルツハイマー病の発症と書かれてありました。本人が辛い時期は私も辛い時期です。病気の自覚はだんだんと薄れてゆくが、消えることはないだろうと主治医は言います。私も同じ考えです。
明日のことは誰にもわかりませんが、まだまだ先生との関係も続きそうです。
現在の薬:メマリー15mg(夕食後)、デパケンシロップ4cc×2(朝・夕食後)、便秘薬

55年前Y01



優子さんの一番好きな興福寺阿修羅像

2009年東京国立博物館で開催された「興福寺創建1300年記念・国宝阿修羅展」に行った時の写真です。
アルツハイマー病の診断後7年経った頃です。念願叶って嬉しそうな表情をしています。
優子さんの一番好きな仏像で、結婚した頃から聞いていました。
この頃は文字を書くことは一切できませんでしたが、難しい漢字がなければ文章を読むことはできました。
一人で交通機関を利用しての移動はできませんでした。

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阿修羅像

冬は嫌い!

冬は着る枚数も増えるので着替えが大変です。関節は拘縮が始まっているのでサイズも1〜2ランク大きいものを買うようにしていますが時々痛がります。今着ている冬用ジャケットは男性もので古着屋で買いました。1月頃からはもっともっと寒くなるので、上はダウンジャケットを着ます。また冬は洗濯の乾きも悪いので大変です。優子さんの洪水が二日続いたらアウト!
冬でもTシャツ1枚で過ごせる、海が見える暖かい所に住みたい!

優子さんの体調は変わりませんが、以前より立位がおぼつかなくなりました。自分の体を鍛えないとダメです。
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おしゃべりインコもペットホテルを利用すると無口になる

20数年前から文鳥とセキセイインコを1、2羽ずつ飼っていました。今は文鳥1羽で、これで最後です。
インコは必ずオス(見分けが難しい時もあります)を買いヒナから育てていました。言葉を覚えられる時期になると簡単な言葉を教えました。個体差もありますが、桃太郎の話を全部覚えたインコもいました。初代のん太は優秀で放鳥しておくと私が仕事から帰ってくると玄関まで迎えに来て、時に「おかえり、お疲れさん」と言うこともありました。もちろん毎日毎日根気よく教えていました。
ヒナから育てていますので、インコにとって私は親になります。
認知症発症以前はほとんど2人で旅行をしたことはなかったのですが、優子さんが病気になってからはよく旅行をしていました。その時は文鳥、インコともペットホテルを利用しました。3泊4日の利用がほとんどでした。普段は文鳥もインコも名前を呼べば肩や手に止まったりしていました。インコはよくおしゃべりもしていました。
しかしペットホテルから帰ると文鳥もインコも名前を呼んでも一切見向きもしません。またインコはおしゃべりもしません。普段以上に可愛がると1週間くらいで以前のように良い関係が戻り、おしゃべりも始めます。ペットホテルは今まで見たこともない動物がいて怖いし、見知らぬ人ばかりで誰も話しかけてくれません。私に見捨てられたと感じていたのだと思います。
優子さんがショートを利用する時は一泊から始めました。初めは練習で、食事介助にも行きました。一泊から二泊三泊へと徐々に伸ばしました。個人差がありますが、優子さんの場合はショートを利用しても悪い変化はありません。決して見捨ててはいないことを理解・感じてもらうことに気をつけていました。現在特養のショートを利用しています。ユニットタイプです。職員とのコミュニケーションも大事です。少しでも早く優子さんを理解してもらうことが、少ない人数の中での適切なケアには欠かせません。

●初代、のん太(今は天国でおしゃべりをしているでしょう)肥満で小鳥専門病院によく通いました
のん太01

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