認知症への正しい理解を-3・佐藤雅彦氏からの投稿記事

認知症と生きる私が伝えたいこと
いろんな人がいて、人それぞれできることがある
認知症になっても、何もできなくなるわけではありません。
いろんな人がいる、ということを知ってほしい。
人それぞれ、苦手になることや出来ないことはありますが、
出来ることはたくさんあるのです。

私は、認知症になって、次のことができるようになりました。
認知症になって覚えたこと

携帯電話のメールを送ること。
写メールを送ること。
携帯電話のスケジュール機能を使って、スケジュールを管理すること。
携帯電話のメモ機能を使って、メモすること。
携帯電話の目覚まし機能とお薬カレンダーを使うことで
薬の飲み忘れを少なくすること。
facebookの操作を覚えたこと。
Ipodで音楽を聞くこと。
CDデータをパソコンに移し、パソコンから音楽をきくこと。
ICレコーダのデータをパソコンに移し、パソコンから録音データを聞くこと。
ブログを書くこと。

今年1月、
facebookに落ち込んでいることを書きこんだら、
facebook仲間が声をかけ合ってくれて、
演劇に連れていってくれる人がみつかりました。
本当に私は幸せです。仲間に感謝です。

制度上の問題
外に出るときに、身体障害者には、電車、バスの半額割引制度があるのに、
精神障害の場合にはありません。障害があるという意味では同じなのに
外出のための支援に差があるのはおかしいと思います。

告知の問題
認知症の告知の問題に対しては、
告知された当初混乱や不安が起こりますが、
それを乗り越える力を信じて、告知されることが大事だと思います。
混乱や不安を乗り越え、
生きがいや楽しみを持ちながら生きていくための告知であって欲しいのです。

自分たちで考え、自分自身で工夫できることがある
私は、支援の手を借りることもありますが、
生活の困りごとがあれば、
生活に支障が出ないように解決方法を考えて実践しています。

いくつか、私の実践例をご紹介します。

困ったこと: 朝起きた時間をおぼえていない。
解決策:   起きたとき携帯電話で時計の写真を撮ると
写真が記録代わりになって、起きた時間が分かります。

困ったこと: 病院へ行く時など、いつから体調が悪いか覚えていない。
解決策:   気持ちが悪くなった時、携帯電話で自分の顔の写真を撮る。
顔色や表情と日付け、時刻が記録となり、いつでも確認できます。

困ったこと: 火を使用している時、席をはずすと
火を使用していることを忘れてしまう。
解決策:   火を使用している時は、火を消すまで席を離れない。

このような、生活の困りごとや自分なりの工夫を、
認知症の当事者同士が情報交換する場が出来ました。
実は、ご紹介した例の1と2は
この情報交換の場でヒントを得たものです。
本には載っていない、
認知症当事者同士が編み出した、一人ひとりの工夫です。

こういう情報が、
認知症当事者の役に立って欲しいのはもちろんですが
いま認知症じゃない人にも、是非知っていただきたい。
認知症になっても、生活のことを考え、実践し
自分自身の生活を続けていく「ひとりの人」だということを
知っていただきたいのです。

生きがいや楽しみがあってこそ人生
認知症の人でも、楽しむ権利があるはずです。
ところが、現実には、
認知症の人が「楽しみを持って生きる」ということが考えられていません。
衣食住だけ整っていればそれでよい、とされています。
そうではなく、例えば私だったら演劇やコンサートに行くなどの
生きる喜びを感じることを求めています。
生きがいや楽しみも人それぞれです。
生きがいを持って生きられるように、その人がしたいこと、出来ること、
楽しみたいことに目を向けた支援が必要です。

当事者とともに
認知症の人への支援を考えるとき、当事者抜きで、ことが始まっています。
何をしたいか。何がつらいのか。どんなことが必要か。
まずは聞いてほしいと思います。


例を挙げると、「認知症の人にはゆっくり話せばいい」と信じている人が多いですが
ゆっくり話せばいいというものではないのです。
聞き取りづらいとか、言葉が分かりにくいとか、返事するまで時間がかかるとか
その人によって違うのです。
ゆっくり話せばいいんだと決めつけないで、会話の途中で
「話すスピードはこれくらいでいいですか」と尋ねてほしい。
その人に合った話し方が必要なのです。
ゆっくりしたスピードを求めていない人に、はなからゆっくり話したら
侮辱されているのと同じ、と感じることだってあるでしょう。

考える時間、返事を待つことも同じです。
沈黙もあり、なのです。


最後に
社会にある認知症に対する偏った情報、誤った見方は
認知症と診断された人自身にも、それを信じさせてしまいます。
この偏見は、認知症と生きようとする力を奪い、
認知症と生きる希望を覆い隠してしまいです。
認知症だからこうすればいい、という考え方ではなく
その人には、どんなことが必要か、という考えに基づいて
その人に尋ね、その人と一緒に、ベストな方法を探していただきたい。

認知症になったからこそ、人目を気にせず、
自分の好きなことしようではありませんか。
人それぞれ、“自分の可能性”があります。
そこに目を向けて欲しい。
認知症当事者の皆さん、
自分の可能性を信じ、周りに伝えようではありませんか。
周りの人も、可能性を信じ、それが実現するための支援をお願いします。

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