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障害福祉サービスと介護保険の併用

●2010年 優子さんの一週間の一例
介護認定:要介護3/精神障害者手帳:1級/障害基礎年金:1級
私が東京で仕事をしていた最後の年(月〜金)
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月 訪問ヘルパー(午後:料理介助 1h)
火 訪問ヘルパー(午前:料理介助 2h/午後:散歩 1h)
水 障害福祉サービス(プールと帰りに食事 4h)
木 訪問ヘルパー(午前:料理介助 2h/午後:ストレッチ 0.5h)
金 小規模デイサービス(9時~5時)
土 フリー(月に一度ボランティアがプールや映画の支援)
日 プール(私が同伴。着替え等は女性スタッフが支援)
●障害福祉サービス
介護保険は診断を受けた初期の頃の優子さんにとって使いたいサービスがなかった。市役所に若年性認知症でも受けられる公的サービスはないのか聞きに行ったのですが介護保険の説明しかありませんでした。診断前から(2000年頃)スポーツクラブのプールに週3回ほど通っていました。診断後2〜3年は大体自立していたのでプールの利用も問題ありませんでした。スポーツクラブに優子さんの病気は説明してあったので、常にロッカールーム、お風呂場、プール等では見守ってくださいました。病気が進行するにつれて、家からスポーツクラブまで、プール内でも常にサポートしてくれる人が必要になってきました。何か良い方法を模索していたのですが、講演で知り合った方に福祉サービスで趣味活動の支援も受けられると教えてもらいました。市の障害福祉課に福祉サービスのお願いをしたのですが「認知症の方に前例がないので認められない」との説明でしたが何度かの話し合いで数ヶ月後に認めてもらいました。映画鑑賞の支援は問題なかったのですが、プールの支援してくれる事業所はすぐに見つかりませんでした。ようやく1事業所が見つかり一人だけ手を挙げてくれました。足を骨折するまで4年ほど続きました。いつもプール、ジャグジー、お風呂、昼食を食べてからガイドヘルパーと帰ってきました。
優子さんの場合は地域生活支援サービスの外出支援です。通常月30時間・休暇月38時間
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※下記に福祉サービスの概要が書かれています
障害福祉サービスとは
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●介護保険サービス

この頃は訪問介護がメインでデイサービスは週1回程度の利用でした。訪問介護は料理介助が週3日で、ストレッチと散歩を週1回行っていました。特に火・木の料理介助は一緒に近くのスーパーまで買い物に行き、それから調理を始めます。優子さんの頑張りで私の夕食も作ってくれました。その時は優子さんが主でヘルパーさんは補助です。2006年頃から始まった料理介助ですが私の分まで作れた最後の年だったかもしれません。
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昨夜に何とか北竜町から戻れました

町長さんをはじめ北竜町の皆さんには大変お世話になりました。
ありがとうございました。

昨日は予約していた13時頃の旭川ー羽田便が欠航になったので、16時の旭川ー名古屋便に振り替えることができました。残り2席だけでした。名古屋からは新幹線を使って帰ってきました。優子さんのショートも1日延長できたので助かりました。雨のためマラソン大会が中止になった代わりに若年性認知症研修会が開催されました。その後は美味しいバーベキュー!減量中なのに、またまた食べ過ぎてしまいました。

若年性認知症研修会 講師:宮永先生/厚東先生/北海道厚生局地域包括ケア推進課長・翁川氏/干場氏
若年認知症研修会01
宿泊したホテル
ホテル01
ひまわり畑は終わっていましたが、別の場所で咲いている畑に行きました
ひまわり01
とても美味しかったバーベキュー
バーベキュウ01

今日から北竜町へ

移住をちょっと考えたこともある2度目の北竜町です。1度目は骨折する前の優子さんも一緒でした。とても温かい歓迎を受け、優子さんは感動し、またとても楽しむことも出来ました。火曜日からデイの仕事があるので月曜日に帰ってきます。もう少しゆっくりしたいのですが超小規模デイの管理者なので代わりがいません。
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 日本一のひまわりの町・北海道北竜町で、もう1つ、新しい地域づくりへの挑戦が始まろうとしている。北竜町は、バブル期でも、ゴルフ場もスキー場も工場誘致も断って、「国民の安全な食糧生産のまちづくり」に徹してきた町である。コメを中心に、無農薬・低農薬の安心安全で生産者の顔が見える農産物生産に徹したその試みは、今では、先端的事例として北海道農業に大きな影響を与えることになった。その豊かな自然と農業を土台にしながら、若年性認知症ケアを中心とした福祉の町づくりが進んでいるのである。
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北竜町と若年性認知症との縁は深い。平成16年(2004)、当時の一関開治町長が2期目の途中、53歳の若さで若年性認知症と診断され辞任を余儀なくされた。認知症を告知しての辞任ということもあり、その後の一関町長の闘病生活はNHKテレビのドキュメンタリー番組や書籍として全国に知られることになるが、町民たちも少しでも町長を支援しようと動きだした。しかし、症状の進行が早く、十分な支援ができないままに、一関町長の病状は悪化していった。そんな中、平成19年(2007)に、東京から中村道人さんという若年性認知症の家族が北竜町に移住してきたのである。偶然だが、奥様を若年性認知症で亡くされた北竜町出身の干場功という人が東京の「彩星(ほし)の会」という若年性認知症家族の会で活動しており、その方の紹介で北竜町に移住してきたのである。
 早速、干場氏の提案のもと、一関氏を支援しようとしていた町民たちが集まり、若年性認知症家族の会「空知ひまわり」をつくってこの家族の支援に乗り出したのである。
 「一関さんが、その病気を公表し、テレビ、マスコミに出演することによって、北竜町は若年性認知症にやさしいまちであることを全国に知らしめてくれました。それは、まさに、いのちをかけたトップセールスであり、私たちの町の歩むべき道を示唆してくれたのだと思います。それに、干場さんの東京での活動と、中村さんの移住が重なって、福祉の意識の高い町に育ってきたのです。私たちは、その財産を、これからの町づくりに活かして、福祉面でも世の中に貢献できる町にしたいと思います」
(※2012年08月30日PHP Online 衆知より引用)

私の思うこと

私見です
別のサイトで2007年に始めたブログで優子さんのことを書く時は、必ず内容を確認してもらいました。OKをもらって初めて記事にしました。だんだんと理解が難しくなった時から私の独断で優子さんことも書いています。ただし書いて欲しくないだろうと思うことはこのサイトでも書かないようにしています。
※認知症の人であっても社会の一員であり、優子さんの権利とプライバシーも大切です。
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今まで介護者が書いた介護本や手記は色々読んでいますが唯一私の介護にも介護相談にも役に立った本があります。個人の体験を超えて誰にも役立つケアについて書かれています。この本からヒントを得て、優子さんが外出する時に首からぶら下げたアルツハイマーカードを作りました。
アルツハイマーのための新しいケア ー語られなかった言葉を探してー
  ジョアン・コーニング・コステ著 阿保順子監訳 2007.10.20 誠信書房
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厚労省のデータによれば若年性認知症の発症年齢は平均で51.3歳であり、約3割は50歳未満で発症しています。様々な県などの若年性認知症の実態調査を読んでみると経済的な破綻が多く生活保護者が多い。自営業者やパート等の方の大部分は国民年金加入者なので厚生年金加入者のように傷病手当金や雇用保険もありません。また退職金もありません。蓄えがなければすぐに生活が困窮してきます。まだ50歳前後の若年性認知症の場合、子供も就学中の方も多く高校や専門学校、大学を中退せざるを得ない方もいます。
障害基礎年金・障害厚生年金とも1年6ヶ月ルールを6ヶ月ルールにすること。
障害基礎年金は、金額が少ないので現在の1.5〜2倍にすること。
障害厚生年金の3級を廃止すること。
上記のように変更できれば、少しは経済的破綻も減るかもしれません。
障害年金の問題点はデータを揃えてから丁寧に再度書きます。
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若年性ADと痙攣発作(てんかん)

●アルツハイマー病と痙攣発作(てんかん)について
若年発症アルツハイマー病(EOAD)と高齢者発症アルツハイマー病(LOAD)の痙攣発作(てんかん)
ADでは健常人と比較して、てんかんを合併する確率が高いことが知られている。LOADでは発症率が3倍程度上昇する一方、EOADでは最大で87倍発症率が上昇するとの報告もある。また、合併する時期も異なり、LOADでは重度になった段階で合併することが多いが、EOADでは病初期から合併し、とくにAPP、PSEN1、PSEN2の遺伝子変異を示す症例においてその傾向が顕著である。
※2015 Vol.26 老年精神医学雑誌より引用
●優子さんの場合
痙攣発作(てんかん)の前兆と言われるミオクローヌスが現れたのは、6〜7年前頃でした。主治医は直ぐにデパケンを処方してくれました。最初は錠剤でしたが、現在はシロップです。1日2回で中、夕食後4ccです。デパケンは気分の波を抑え症状を安定させる作用もありますが、優子さんには気分の安定に効果を感じていません。しかしミオクローヌスには効果があり、一度も痙攣発作が起きていません。
若年性ADの約3割に痙攣発作が現れると主治医は言っていました。
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起きたところです。いつも笑顔ではありませんが、今朝は笑顔です。
今日は認知症対応型デイサービスの利用日です。これからトイレ、着替え、朝食などでを行います。
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先週、私が管理者をしているデイサービスで「あけぼの農業公園」にひまわりを見に行きました。暑かった!
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