第3回アルバの会報告とリトミック

8月30日(木) 講師をお招きして、認知症本人と家族そして世話人でリトミックのワークショップを行いました。家族会でご本人やご家族が、少しでも心を解放してストレスを軽減てきる方法を模索しています。
講師も認知症の方には初めてということでした。まだまだ重症度に応じたプログラムを考えないと難しい印象を持ちました。
9月9日(日) 第3回アルバの会(ご本人8人・ご家族7人・サポーター4人)
今回は特にイベントなしで、最初からご本人とご家族は別行動にしました。
ご家族はNHK厚生文化事業団制作の第3巻早期診断 そして人生は続く「太田正博さんの10年」を鑑賞の後、家族交流会を行いました。
ご本人は、サポーターの皆さんの様々な工夫で楽しく遊んでいる様子でした。サポーターの熱意には感謝です。
私たちサポーターは、ご本人とご家族両方から常に学んでいます。ご本人やご家族との信頼関係も出来てきました。
私たちサポーターも日々進化しています。ご期待ください。
私たちアルバの会は、全国若年認知症家族会・支援者連絡協議会に参加することにしました。
会則で「2.会の目的」は、下記のように書かれています。
全国の若年認知症家族会および支援者の代表などで構成し、若年認知症に関わる各地域の医療・福祉・介護・就労状況等の情報交換を行い、若年認知症の人と家族の安寧と権利を確保するよう各種の機関へ呼びかけ、若年認知症に特化した支援とケアを拡充するための社会活動を協働して行うことを目的とする。
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宮永医師は「若年認知症とは何か」で書いています。
◆若年認知症の概念
『高齢者の認知症と若い人の認知症の違いは、病気の種類というよりも、個人の年齢的な問題からくる、本人の社会的な立場や役割、そして周りの環境の違いということではないかと思います。つまり、高齢者と若い人では、置かれている立場、役割が違うということです。たとえば、これまでずっとやってきた仕事、職場から切り離される。今までいた地位や立場が突然なくなる。そういうなかで、本人の意識はまだ、これまでと同じように残っている。若年認知症者は、そういう社会の中にいる自分自身を巡って葛藤しているのではないでしょうか。・・・・・・』
◆若年と高齢者の違い
『若年認知症の場合は、高齢者と同じ対応では無理があります。
若年認知症の行動の要因として一番多いのは、心因性によるものです。つまり心の動きです。
1. 若年認知症の場合、本人はまだ若いので、エネルギーがあります。しかし、それだけではありません。社会のなかで生活している(という意識がある)のです。
刺激して生活を活性化するほうにもっていくのが高齢者の接し方の基本です。これに対して、若年の人たちにはエネルギーをたくさん使ってもらって、満足させて落ち着かせるのがほうがいいのです。

2. 高齢者の場合はその人にとって不本意なことをされても半分は許してくれます。しかし若年の人たちは絶対に許しません。きちんと名前を呼ばれたり、その人の職業にふさわしい対応をされないと怒ります。それは高齢者だってほんとうは同じだと思うのですが、若年の人の場合は、すぐに反応し、怒りとなって出てきます。』
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若年認知症の家族は自分の夫や妻をひいき目で見てしまいがちです。最初は、私の夫に限って私の妻に限って・・・と思うのは仕方がないことです。しかし個人差はありますが認知症は進行し、様々な障害や症状が顕著になってきます。家族は自分たちの手で何とかなっている間は、家族会等に参加せず孤立した生活を送っている方も多くいます。手に負えなくなって医療機関や家族会に相談されても簡単に医療や対応だけで改善させることが難しくなっている場合もあります。自分の手だけで何とかなっている間に、正確な認知症の知識と対応方法を様々な経験を積んだ先輩のいる若年認知症家族会等で学ぶことも必要かと思います。
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私は私になっていく

私は私になっていく
 痴呆とダンスを
    クリスティーン・ブライデン著より(P231-232)

4章 自己発見の旅 
 診断から死に至るまで、あなたとともに歩みながら、尊厳を持って痴呆を生き抜くという新しいパラダイムを探していきたい。このサバイバルの旅は、内なる魂にかけられた覆いを取り払う旅であり、手放すことによって内なる安らぎを見いだす旅である。仏教にこんな言葉がある。
「賢者は手放すことができる。手放すことは、無限の喜びを得ることにはかならない」
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・(中略)
 痴呆を旅するサバイバーとして、私たちは自分の持っている内部者の知識をあなたとわかちあうことができる。「生ける屍」に直面する私たちは、自分がなくなっていく怖れから自らを解放するための方法を探している。私たちもかつてはあなたのように「正常である」という感覚を知っていた。私たちはこの私たちの世界と、あなたの世界の両方を知っている。そしてこの新しい痴呆の世界に足を踏み入れた。あたかも二つの文化に精通するように、私たちは、あなたの世界と私たちの世界の間にある溝を踏み越えた。 
 あなたの理解と支援があれば、あなたが私たちを助けられるように、助けてさしあげられる。一緒になって歴史を創っていくことができる。私たちの壊れた声に耳を傾けて、支離滅裂な思考を理解し、バラバラになった過去と現在の記憶を知る方法を見つけよう。痴呆症を持つ人も、その家族も、まわりでサポートする人びとも、みな対等なパートナーとして、私たち内部者の知識をわかちあい、ともに力を出し合って行こうではないか。

2004.11.15初版第1版●発行所(株)クリエイツかもがわ
  (※2004.11.15初版第1版そのまま引用しています)

私は誰になっていくの?

私は誰になっていくの?
 アルツハイマー病からみた世界
   クリスティーン・ボーデン著より(P2-3)

日本の読者のみなさまへ

 走り過ぎる新幹線の列車の中から、霞をたなびかせた富士山がすっくと立つ雄々しい姿を目にした、その時の喜びを私は思い出します。
・・・・・・・
・・・・・・・(省略)
 私は痴呆症患者ですが、だからといっておびえたり恥ずかしがって隠れていたくはありません。

痴呆症は、
他の病気と同じように一つの病気であることを私は知っていますし、痴呆症患者も、敬意を払われ尊厳を保たれるべき価値のある人なのです。
執筆の時にも根本的治療法はありませんでしたが、抗痴呆症薬のおかげで私はよく機能を保ったまま留まっています。私はできるだけ長くこのままよい状態に留まり、この数年間のうちには何か有効な治療法ができて、それを利用できるようになるかもしれないという希望を持ちつつ、前向きに痴呆症と共に生きていきます。

 
 私は、痴呆症をもつ方たちが希望をもって生きられるように励ましたいのです。
しっかりと生きましょう。毎日を精一杯生きて、あなたが今まだできることを楽しんでください。ゆっくりペースの生活のなかにあるよさを知ってください。私は、患者の傍らにいてくださる方たちにも、私たちがうまくやってゆけるように助けていただき、そして穏やかで前向きの生活を送られるように励ましたいのです。私たちが痴呆症であっても、たとえそのために理解しがたい行動をとったとしても、どうか価値ある人としての敬意をもって私たちに接してください。 
2003.10.31初版●発行所(株)クリエイツかもがわ
  (※2003.12.10第4版そのまま引用しています)