優子さんの絶叫の原因は?

絶叫の始まり
5月の第2週頃から目で何かを追いながら絶叫が始まりました。原因が分からないままクエチアピンを増量して行きました。クエチアピンは半減期が短いので効果も長く続かないのでしょうか?90分くらいで効き始めて4時間くらいで効果がなくなりました。だんだんと絶叫も激しく長く続くようになりました。体力もあり声帯も丈夫なので声の大きさは半端じゃないです。水泡ができるまではメマリーとデパケンシロップ、そして便秘関係の薬を服用していました。水泡ができてからはプレドニン(ステロイド系の薬で抗炎症作用、抗アレルギー作用、免疫抑制作用のほか、広範囲にわたる代謝作用を示す)5錠を5月4日から服用始めました。服用を始めて5、6日経った頃から絶叫が始まりました。主治医、在宅医、知り合いの医師皆さんの意見はプレドニンが主犯ということになりました。この薬は直ぐに中止できないので、今日から少し早めに減薬することになりました。大きな声が出ることは悪いことばかりではないが他のデイは使えなくなるし、私はゆっくり眠りたいが・・・もう少しの辛抱か?ガンバレ優子さん!
クエチアピンが効いて眠っていますが、30分ほどで目を覚まし絶叫が始まりました(私が管理者をしているデイ内)
(ぬいぐるみには全く興味を示しません。)
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デイ近くのバラが咲いている個人宅の庭です。200種類ほどあるとのこと、見事でした。デイで散歩に行きました。
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優子さんの近況(水泡ができる)

3週間ほど前に手の平に無数の小さな水泡、手足の甲や指には大きな水泡が10数個できました。大きな水泡は直径15mm位もありました。2〜3日で一気に増え、また同じ場所に水泡が潰れては繰り返しできていくうちに化膿もしました。市販の薬では全く治らなかったので、在宅医に相談して決まっている訪問日より早い診察をお願いしました。病名は忘れましたが、免疫とアレルギーに関係しているとのことでした。先週の火曜日からステロイド系の薬を飲み始めましたが大分治ってきました。新しい水泡もできていません。もっと早く診察をお願いすべきでした。
水泡以外は変わらず元気で、食欲もあり睡眠もとれています。ただし下剤の調整には苦労しています。多いと便失禁が増えるし、少ないと便秘しますので優子さんが嫌がる浣腸をしなければなりません。(現在は夕食後にプルゼニド2錠+モニラックシロップ1を服用しています。)

今日はあけぼの農業公園にデイの散歩で行きました。暑かったです!
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落語絵本読み聞かせ「ばけものつかい」介護施設でのライブ録音

アルツハイマー病の診断を受けてから誰にも会いたくないと家に閉じこもった時期がします。友達が仕事やボランティア活動を見ていると、とても悔しかったそうです。また「自分だけとり残された気分だった」と後で私に話していました。友達やボランティアの方々、そして発表の場を提供してくれた介護施設の協力で読み聞かせを始めてみました。3年ほど続きましたが、ストレスが大きくなったので止めました。短期記憶全くダメ、漢字もほとんど読めなかったので日々の練習は凄まじっかったです。読み聞かせのたびに皆さんには絶賛だったのですが、優子さんは全く満足していませんでした。自分の語りに不満だったので、だんだんと褒められるのが辛くなってきたようです。(優子さんは中学3年間、高校3年間演劇部でした)
(※他の演目もありますがアップできませんでした。)
ボランティアグループの公演会に参加した時の写真で、演目は「まんじゅうこわい」です。写真に載っている紙芝居は優子さんが本を見て描いた絵です。
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下記をクリックすると音声が流れます(容量制限のため途中で終わっています)
ばけもの使い_2 3

もう少し聞きたい方は、下記へ
http://yukoko.at.webry.info/200704/article_1.html


優子さん、踊っています(動画テスト)

5年前です。踊ることも走ることもできました。
3年前の大腿骨頚部骨折による入院とその後の老健短期入所が認知症の進行を早めた一番の原因かもしれません。
歩行や立位に少しでも不安があったら、椅子等に腰掛けて着替えを介助すること!が重要です!!
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最後の仕事

2001.7月の朝日新聞が優子さん最後の仕事です。ただし左枠のつくりかたの図面は私が描きました。優子さんとって簡単な図面なのに上手く描けませんでした。締め切りが迫っていたので私が手伝いました。この仕事を最後に一切の仕事を止めました。ボランティアでポップアップ絵本の作り方も教えに行っていましたが、それも止めました。翌年には私に内緒で地元の大学病院精神科に通院を始めました。自分の脳に何が起こっているか分からず不安で不安でしかたなかったと思います。
2001-7朝日新聞01

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